I.P.G 15周年記念研修旅行
2016/10/17 13:43
IPGの活動が今年で15周年を迎えるに当たり、産業廃棄物専門家としての知識向上とグループ内での親睦を深める為、10月5日より岡山県豊島へ不法投棄現場見学の1泊2日研修旅行へ向かいました。
当日は台風の接近に伴い、あいにくの空模様。
さらに目的地である豊島行のフェリーが欠航となり、実行委員の皆様は朝から新幹線のチケットや渡航先の日程調整と
慌ただしくされていました。しかし、さすが実行委員の皆様!迅速に手配して頂き、時間も押す事なくスムーズに出発する
ことが出来ました。本当に有難うございました!
初日より豊島見学の予定でしたが、2日目と日程を入れ替えての出発です。
新幹線でおよそ2時間程、最初の目的地である姫路駅に到着です。
駅を出ると、目の前には姫路城が存在感を放っていました。駅からお城まで1本道で素敵な景観でした。
お城までは徒歩で移動です。初めは曇り空でしたが、徐々に雨が降り始め急遽傘を購入するなどのハプニングもありましたが
なんとか姫路城に到着。全員で記念撮影しました。
おかげさまで次第に雨も収まっていき、いよいよ城門内へと入っていきます。
門をくぐると眼前に広がる姫路城。お見事です!
あいにくの天気に関わらず、多くの外国人観光客の姿も見えました。
城内へと続く通路は、とても厳かな雰囲気が漂います。
狭い通路や急な階段を登りすすめて、天守閣へと向かいます。途中に城にまつわる展示物等があり、一息つきながら…
息を切らしながらようやく天守閣に到着。中央には拝殿があり、皆さんが列をなして参拝してみえました。
天守閣から見る景色は絶景でした!
お昼は姫路城が見渡せるレストランへと移動し、田丸議長の音頭の元、おいしいランチに舌鼓を打ちました。
見学後は岡山市内のホテルへ向かいました。
その晩は、2日目の本旅行メインイベントである豊島見学へ向けて英気を養うと共に、15周年を記念したパーティーをラヴェール岡山にて開催しました。
初めに竹内会長からご挨拶を賜り、パーティー開始です。
今回も実行委員会の皆様より余興が行われました。
誰しもが知っている伝言ゲームでしたが、実際に初めて経験した方も多かったのではないでしょうか。
正しく伝える事がこんなにも難しい事なのかと実感しました。お酒もはいっていましたが(笑)
写真奥では今話題のピコ太郎を踊る姿が…。岡田さんいつも有難うございます(笑)
中締めで中野社長より、これまでのIPGの歴史を振り返って頂きました。
15年間積上げてきたものを活かしIPGをより優れた団体にする為にも、今後の活動が大切になっていきます。
我々実行部隊であるYのメンバーが率先して行動する意義を改めて感じとらせて頂きました。
最後は増井社長より締めのご挨拶を頂戴しました。
IPGとして、今後の発展に向け会員企業の絆を深め団結すると共に、方向性を確認する大変良い場となりました。
時には真面目に、時には和やかに、おバカも交えながらの充実した時間を過ごす事ができました。
パーティー終了後は2次会も設けられ、全員と親睦を深める夜を過ごし旅行1日目を無事に終える事が出来ました。
2日目
初日とは打って変わって、快晴に恵まれた2日目となりました。
メインイベントである豊島不法投棄現場見学に向け、ホテルより1時間程車を走らせフェリー乗り場に到着です。
徐々に豊島が近づき、フェリー上から不法投棄現場が見えてきました。
写真中央にある部分が、現在も撤去作業が続く不法投棄現場となります。
到着後は、豊島内を散策しました。
今ではアートの島として有名になっており、島のあちらこちらで芸術作品が披露されていました。
見学開始時刻まで、ランチタイムです。
「てしまのまど」さんにお邪魔しました。お料理はもちろん美味でしたが、趣のある店内の雰囲気がとても良かったです。
これから向かう不法投棄現場に備える時間を過ごすには打ってつけのお店でした。(すだちはちみつサイダーおいしかったです!)
そしていよいよ、不法投棄現場へと向かいます。
そもそも豊島事件とはどのようなものなのでしょうか。
豊島事件
1990年、兵庫県警の摘発によって世界に知られることとなった「豊島事件」は、悪質な業者によって、13年間にわたって
有害産業廃棄物が違法に持ち込まれ、野焼きされ、埋め立てられたものです。
1991年、事業者は逮捕され有罪が確定しましたが、あとには50万トンにも及ぶ有害産業廃棄物が残されてしまいました。
1993年11月、当初から今日の事態を予想し反対を続けていた豊島住民は 違法な実態を知りながら適切な対策を講じなかった
香川県等を相手取り、廃棄物の撤去を求める公害調停の申し立てを行いました。
2006年の6月6日、公害調停は成立し、香川県知事は豊島住民に謝罪するとともに、自ら事業主体として10年にも及ぶ歳月と
500億円に余る巨費を投じて不法投棄廃棄物の無害化を約束します。
そして必ずしも順調とはいえないまでも無害化撤去事業が進められ、2016年9月現在、93%の固形物の処理が終わっています。
現在までかかった事業費用は767億円に上ります。
上記の現場視察については完全予約制になっています。
今回は豊島自治連合会事務局代表の元県議でおられる石井様のご案内により実施されました。
見学バスに揺られること20分程、道無き道の先に不法投棄現場はありました。
現在は産廃を撤去する為に様々な施設が建設されており、ものすごい数の運搬用トラックも配備されていました。
まずは処理施設内事務所にて事業概要の説明を受けました。
この豊島廃棄物等処理事業の概要として、香川県が次の事を行っています。
①豊島における暫定的な環境保全措置、豊島廃棄物等の掘削・運搬、中間保管梱包施設における豊島廃棄物等の分別とコンテナへの充填、高度排水処理施設における水処理。
②豊島廃棄物等の海上輸送。
③直島における豊島廃棄物等の中間処理(中間処理施設における焼却・溶融処理、中間処理に伴い発生する副産物の有効利用など)といった一連の作業で処理する。
上の写真は実際に野積みされた廃棄物を掘り起こした断面です。もはや地層化していました…
ビル5階の高さまでシュレッダーダストなど有害産業廃棄物が投棄され、野焼きされていました。
これが実際の不法投棄現場です。現在も掘削作業が続いており、ようやく90%程まで処理が完了しているようです。
左の写真奥に、山肌が剥げて地表が白く見えている部分まで積み上げられていたとの事でした。恐ろしいです…。
なんとか掘削作業の終わりが見えてきてはいるようですが、これで終わるわけではありません。まだ汚水の処理が残っています。
次に高度排水処理施設に向かいます。
ここでは土壌に浸食している汚水の処理をしていました。
不法投棄現場の周りには、海洋に汚水が流れ出さないように遮水壁が設けられており、汲み上げられた汚水はこの施設で処理する事で飲用可能なレベルまで浄化され、海へと放水されているとの事でした。
この汚水処理が完了を迎えるのは、まだまだ十数年先になる見通しのようです。
この事件のきっかけとなった業者が、この地に有害産業廃棄物処理建設場を計画したのが1975年。それから既に40年以上も経過しているにも関わらず、処理が終わるどころかまだまだこの先も続いていく状態です。
【 この事件を契機にマニフェスト制度が導入され、不法投棄の罰金が増額されるなど廃棄物の処理及び清掃に関する法律が大幅改正されました。また、各種リサイクル法の制定に寄与したことも事実です。
同時に、これほどの規模での原状回復事業も世界的に前例が有りません。
さらに、回復を目指して、地域住民が汚染地帯を買い取ってしまった先例もありません。この分野では世界有数の事例です。
今ひとつは、行政のすることに誤りはないという「行政の無謬性」、これに対抗する住民たちの自立への道のりが見せた自治への問いかけです。
同じ島に住むということだけで連帯した豊島の住民が起こした行動回数は優に7000回を超えました。また住民が実際に負担した費用も1億6000万円にも及びます。
今後は、汚染からの回復を経て、跡地をどのように子孫に継承していくかという問題に直面します。文字とおり「豊かな島」を取り戻すという原点に行き当たります。】(抜粋)
今回、実際に現場へ行き、目で見て、耳にすることで、情報に無い事実や現実を知ることが出来ました。
我々IPGは産廃業界の一員として、到底見過ごす事の出来ない事件であります。そして、二度と同様な事件が起きぬよう肝に銘じておかなければなりません。
今回ご協力頂いた石井様、並びに関係者の皆様に深くお礼申し上げます。
豊島見学を終え帰りの新幹線に向かう道中は、皆様が豊島事件について大いに語り合われていました。それほど衝撃的な事件でした。
夕刻、岡山駅より名古屋へ向けて帰路につきました。
今回の研修旅行は大変内容の濃いものとなり、皆様満足されたのではないでしょうか。
初日から、台風による大幅なプラン変更と慌ただし始まりましたが、無事に終了する事が出来ました。
これもひとえに、実行委員の皆様にご尽力頂いたおかげと感謝申し上げます。本当に有難うございました。
IPGの皆様、お疲れ様でした!